『王立宇宙軍オネアミスの翼』のその後を、現実から逆算する試み


アニプレッションのおはぎさんが

ガイナックスのアニメ群が自己言及的な傾向がとても強いのは、初めて制作した「王立宇宙軍からしてスタッフ達の状況などを踏まえて作った、とても自己言及的な作品だったから。そして王立以降も監督をカウンセリングして企画を立てる為、自己言及的側面の作品が続いたのだと思う。


と言っていた。


それで思ったのが、
宇宙軍=ガイナックス
だとすれば、
現実のガイナックスから、『王立宇宙軍』のその後を逆算出来るのではないだろうか
ということ。


○『トップをねらえ!
王立宇宙軍』という作品はまさにガイナックスにとっての
人工衛星だったわけで、まずはそれが飛んだ、というから考える。
ということは、次に来るのは、やはり『トップをねらえ!』だろう。


仮に、
シロツグ=山賀さん
だとして、
では、『トップをねらえ』の立役者である
庵野さんと岡田さんは誰なのか?


実は、この二人のモデルと思われるキャラはちゃんと宇宙軍にいる。


一人はカロック

宇宙軍中佐。第3期生。23歳。身長183cm、体重70kg。
ロケット推進機関の専門家。冷静だが怒ると手が付けられず「瞬間湯沸かし器」のあだ名を持つ。

身長といい、性格といい、
若き日の庵野秀明

を思わせる。



もう一人はヤナラン

宇宙軍少佐。第3期生。20歳。身長190cm、体重105kg。
中小企業の会社社長子息として育ったため大柄な体格に似合わぬお坊ちゃまな性格。手先が器用で、発射基地では電気関係を担当。

中小企業の社長子息という設定は、本編でほとんど意味を成さず、
岡田斗司夫がモデルであるという記号でしかない。



というわけで、このカロックとヤナランの二人が中心になって
「次の人工衛星トップをねらえ」を飛ばすというわけだ。


ちなみに、『トップをねらえ』の脚本は実際は山賀さんが書いていたという話もあり、
この「トップをねらえ号」の発射についても、
裏でシロツグが暗躍していたことが伺える。


この「トップをねらえ号」も紆余曲折ありつつも
最後は無事発射される。


これで、名声を得たのがカロック=庵野秀明というわけだ。


ふしぎの海のナディア
この頃には、王国の上層部も宇宙軍を認めるようになっているだろう。
そして、「国=NHK」の元で次の国家事業に取り組む。
それが「ナディア号


だが、その前に、ある人物について言及しよう。


それは、宮粼駿その人だ。


宮崎駿は『王立宇宙軍オネアミスの翼』の企画成立ほんの少し関与しており、
また、なんといっても彼と山賀監督の対談が有名だ。


その当時の事については、アニメ様のこれなど。
http://www.style.fm/as/05_column/365/365_344.shtml

宮崎 「オネアミスの翼」を見て、よくやったと思って感心したの、俺。
    はったりとかカッコつけみたいなものが感じられなくて、正直につくってるなと、とても気持ちよかった。
山賀 ありがとうございます。
宮崎 内容については、ものすごく感心した所と、これでいいのかという部分があるけれど、この映画が、
   若い同業者の諸君に、非常に大きな刺激になると思ったんです。賛否両論、激しく分かれるかと思うけど、
   それでも刺激になる。アニメ・ブームの最後の隙間を見事に利用して、やったなとね。それと、
   映画をつくる時に一番大事なものは、表現したいものと情熱を持つことだと思う。
   当然、やりとげるには試行錯誤はあっただろうけど、こうしたいというのが、
   途中で崩れず最後まで持ちこたえてたんで、気持ちよかった。
山賀 制作が終ったばかりで、この映画を見て、誰かが何か言って、それに答えるのは、
   まるっきり初めてで、あっ、どうもありがとうございました、という言葉以外出てこないんです。
宮崎 正直にお互い話せばいいんじゃないかな。僕の趣味からいって、うまくやったなと思うのは、デザイン。
   建物とか街のデザインを最後まで統一して。全部つくったでしょう、三十年位前の日本みたいな感じの。
   服装から何から、電車の高架線まで含めて、工夫してあって、隅々まで目が届いている。
   俺なんか、とてもできないな。やりたいと思っても、その専門の人がいないと、とてもできないから。
   それで、なぜそういう世界にしたのか、ちょっと聞きたいんだね。


割りとべた褒め。
まあ、その後に書いてある通り、「これでいいのかという部分」
という部分の話もあるわけだけど、
ガイナックス=宇宙軍の姿勢を褒めている。


だとすると、
王立宇宙軍の将軍のカイデン=宮崎駿


という見方も出来る。
だとすれば宮崎駿

対談は、宮崎が『王立宇宙軍』を評価しているところから始まり、山賀の意図にも大筋では納得し、その上で“どうして、ロケットの描写を、実在するロケットのようなものにしたのか?”“ロケット打ち上げに情熱を持っていたのはシロツグではなくて、老人達だったはずだ。それなのにクライマックスで、老人達が先にあきらめるのはリアリティがない”と突っ込んでいく。

と、主張するのも納得がいく。
「俺が将軍なら、あそこで諦めないぞ!」
とこういうわけだ。


だとすれば、「ナディア号」は
カイデン将軍=宮崎駿が、かつて構想した宇宙開発計画の一つを
カロック=庵野秀明がそれをベースに作ったもの
だろう。
しかも、将軍は将軍で、その計画を元にラピュタ号」を作ってしまう


そんな感じだろうか。



と、遅い時間になってしまったので、今日はこんなところで。