ヤンデレ

なんかグダさんが
http://d.hatena.ne.jp/amamako/20090505/1241495829
に武力介入とか言ってるので、ちょっと見てみた。


俺の中の至高のヤンデレは、
おにいさまへ…」の信夫マリ子なわけですが。
やっぱり出崎統は最高だね!


多分、天原誠さんやヤンデレブームで「ヤンデレ的なもの」を知った人間には
ヤンデレの原点というものに触れる機会がないのでしょう。


ヤンデレの本陣は歴史的に見ても、むしろ少女漫画にあるわけで、
元々は女性の「共感」から生まれたものと考える方が自然でしょう。
では女性は何に共感していたのか?


それは「自分の気持ちが伝わらない」事への共感。
男性だったら、そこで自閉症的解決(=deathnoさん言うところの「寛容」、あるいは脳内恋愛
を取れるが、
大半の女性はそれを爆発されるか伝える対象を変える(他の男に乗り換える)かするわけである。


なので、「少女漫画的ヤンデレ」では
天原さんがあまりないと言っている、
>「一度病的に自分のことを好きになるが、
>突然理由もなしにその好きになるのが止まってしまう」というタイプ


というのが結構います。
信夫マリ子も結構ヤンデレ先がコロコロ変わりますし。
彼女の「病み」は
父親とコミュニケーションを取れないことへの代償なわけで、
そこらへんを考えれば、
ヤンデレというのは根源的にボーダーライン的なものと言ってもいいかもしれない。
女性漫画家たちはボーダーラインというものが注目される前から
そういう症例の存在を知っていたのだろう。


ヤンデレ≒ボーダーライン
だとすれば、ヤンデレの狂気というのは
相互理解不可能性などではなく、
むしろ天原さんの言う「コミュニケーション」への飽くなき挑戦なのだ。


そう、ヤンデレの狂気とはつまり
>僕が話を聞きたいというエゴに基づいて、「狂気」なんてものは否定するのだ。
>「これは『分かる人』にしか聞かせられないよね〜」という声に対して反逆する。
>相手が嫌がっているところに無>理矢理押しかけていって、喧嘩を吹っ掛ける。


ことなのだ。
ボーダーの女性にありがちな行動として、


深夜3時に「話を聞きたい・聞いて欲しい」という理由で3000字以上のメールを
何十通もやり取りさせられる


というのがあるそうだ。
この行動自体が狂気だが、メールをちょっとでも返さないと、
さらに「見捨てられ不安」という狂気に晒されるらしい。


コミュニケーションを目的としなければならないほど、
コミュニケーションを渇望している。
もし、その事態に自閉症的解決が出来ていないならば、
ヤンデレは他人事ではなく……


・余談
ベンチャー向けコンサルの人が、
女性社員を採用する時には必ず手首を確認しなさい、と言っていた。
ボーダーラインの女性を避けるためだそうだ。
ベンチャー企業の若社長なんてのはボーダー女性の格好の的で、
一人のボーダーのために潰れたベンチャーがいくつもあるそうだ。